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ふく百話(89)

「気分はお寿司」

私が尊敬する先生に和仁皓明(こうめい)さんがおられます。

和仁先生は1931年、北海道函館生まれ、東北大学農学部、アメリカ・メリーランド大学大学院修了の農学博士。今年92歳の現役の学者です。

雪印乳業の開発企画室長を歴任された、わが国を代表する和食や乳利用のあり方等の研究者です。チーズ、バター研究の専門書も多数出版されています。

下関とのご縁は招かれて東亜大学大学院教授として着任されたことに始まります。私が先生に初めてお会いしたのは下関くじら食文化を守る会へ先生が入会された時からです。先生は東亜大学の広告塔として下関市内の様々な団体に顔を出されていました。くじらの会長は中原郁夫さん。その方が逝去され次の会長を誰にするか人選に苦労していました。「くじら」だから水産大学校長OBが良いのではという意見が多かったです。私は理事の一員として和仁先生を推薦しました。先生はまだ市内では有名ではありませんでした。理事からは水産の専門家ではないと不安の声も聞かれましたが、私は今後の会の活動は開かれた、より能動的になる必要があり、そのためには和仁先生のように積極的に街に顔を出す人材が適任だと考えたのです。

その後、先生は専門分野に加え、くじらについてもわが国を代表する人物となりました。特に食に関するさまざまな記事は多くの人々に「美味しい話題」を提供しています。先生はくじらに加え、下関特産の「ふく」についても造詣が深いのです。あまたおられる人々の中で、「下関ふくを語る」日本一のエセッストは和仁先生ではないかと思います。先生のエッセーを読むたびに食に対する美味しい気持ち、幸せの気分になるから不思議です。

今回紹介するのは、食べ物随筆「気分はお寿司」と「アンコウはアヒージョで」です。内容は四季折々の旬の食材、料理を短い文章で綴られています。文頭は旬の食材の紹介から始まり、文末はそれに合わせる酒の飲み方が記されています。

食べ物随筆「気分はお寿司」。先生の了解を得て、一部分紹介します。この本は先生が初めて下関の地を踏んだ日から始まります。

新下関駅に降りた先生がタクシーの運転手にこの町で一番有名な、お寿司屋に連れて行って下さいとお願いしたら、豊前田の「寿司割烹浪花」だったのです。

それから店主の荒川さんとの付き合いが始まり、「浪花だより」に連載した内容が本になったのです。二話紹介します。

「河豚の握り」
下関へ来て、河豚の握り寿司があると聞いて、まあご当地種だから、関東ではあまり聞いたことはないが、あってもおかしくはないと思っていた。

河豚の握りは、お刺身の虎河豚の歯ざわりから、多分寿司飯とのバランスがとれず、飯のほうはさっさと飲み込めても、河豚の切り身のほうはいつまでも口の中に居座るのではと懸念していた。まあ一度は手を伸ばしてみようとなった。

「ンー」、結構いけるじゃない?というのが素直な感じ。この握りは味で勝負というよりは、歯ざわりで勝負というスタンスだなと思った。ちょっと歯切れの悪い褒めかたで申し訳ない。というのは虎河豚は河豚刺しが圧巻。それも下関が誇る、二枚引きの技術で引いた河豚刺しにかなうものはないと確信しているせいだ。いつもチャンスがあるたびに強調していることなのだが、その土地で獲れたというだけでは文化ではない。それをどう美味しく食べさせるかの知恵がなくては文化にならない。その意味で河豚は下関の名物、そして二枚引きという独特な河豚刺しの技術は下関で生まれた比類のない食の文化だと断言できる。

「湯気の美味しさ」
ここで取り上げたいのは「酒蒸し」という一品。この料理こそ湯気の美味しさで決まる料理の典型だろう。私は「虎河豚のかま」が一押しである。虎河豚には腹骨がない。えらのところにある、かま骨もない。だから、河豚のかまはチリ鍋に入れたり、一塩して炙ったりと重宝される。それ故あえて河豚かまを手間のかかる酒蒸しに、と考える人はあまり多くないかも知れないが、虎河豚のかまくらい酒蒸しという料理にぴたりとはまる部位は、他に見当たらないことも確かだ。

器には、河豚かまの下に隠れるくらいの寸法に切った、出し昆布を敷いておく。

この昆布も適当に選ぶわけにはいかない。できれば北海道は渡島半島、尾札部村の天然真昆布にしたい。そして河豚かまは、酒で洗って、一塩当ててから、端正な白磁の器に入れた昆布の上に横たえる。そして熱々の湯気が上がった蒸し器に入れて蒸す。蓋を取ったときにふわっーと鼻腔を打つ香り、日本酒の微かな残り香、虎河豚の凝縮されたコクを連想させる香気、真昆布の香り、それらを渾然と調和して響き合うような汁の湯気などのすべて。そうしてから、あのプリッとした虎河豚のかまの歯ごたえを楽しむのだ。

「アンコウはアヒジョで」。この本は朝日新聞山口県版に掲載された食のエッセー「美味しさの旬感」をまとめたものです。発刊は平成29年です。二話紹介します。

「福を呼ぶお雑煮」
この正月、ずいぶん全国各地でお雑煮がテレビ番組に出てきました。特に地方の郷土色豊かなお雑煮が魅力的でした。福岡はアゴ(飛び魚)の出汁が基本。

鰤、里芋、椎茸と盛りだくさん。そこにかつお菜が入らないと雑煮じゃないそうです。広島が面白い。青菜、かまぼこに牡蠣が入る。牡蠣が郷土の誇りといった感じ。山口は地味です。鶏肉、根菜類にお醤油仕立て。でも一ひねり個性的なご当地お雑煮があってもいいんじゃないかな。下関なら「ふくのお雑煮」でしょう。お雑煮ですから縁起物に絡ませてとなると、具は初夢の七福神になぞらえましょう。主役のふくは語呂合わせで福禄寿。これはカナトフグの筒切でいい。それに殻をむいた車海老も入れましょう。このいわれは毘沙門天という神様が、海老籠手という武具を腕に巻いているからなのです。そして野菜です。大根は寿老人です。この神様、大根のような長頭の神様だったそうです。大黒さまは美東の太ごぼう。筒切の切り口は御足(銭)に見えます。ニンジンは梅型に抜いて紅一点の弁天さま。紅の裳裾になぞえる。それに結び昆布を添えましょう。これが恵比寿さまです。昆布の別名がエビスです。これで6種類になります。最後に丸餅を布袋さまのメタボなお腹に見立てます。お雑煮汁は昆布とアゴの出汁にします。お味は薄口醤油でお吸い物より一味濃い目に仕立てます。具は二番出汁で火を通し、薄く下味をつけておいてください。大ぶりの漆椀に熱々の出汁を張って、そこへ別鍋で温めておいた丸餅を据え、野菜、ふく、海老と盛って、結び昆布を天盛りに飾ります。これでできあがり。お節、おとそをいただき、そしてふくのお雑煮ですよ。今年は絶対にいいことあります。

「真ふぐはフライで」
河豚は冬のものだけと思っていませんか?確かにトラフグは冬の河豚。でも話題の真ふぐは山口県萩沖で春先から揚がりはじめます。見た目はトラフグ同様で見分けがつきません。「真ふぐは身が柔らかいからね」という人もいます。じゃあ刺身にしなきゃいいだろう。しなくたって、他の追随を許さぬ真ふぐならではの一品があるのです。それが真ふぐのフライ。この料理、お味ばっかりではありません。先ず揚げたての熱々、サクッと衣を噛んで、その衣がササッと崩れていく、その食感がフライの神髄なのです。次に、その衣下の熱々の魚体が、ホッホッホッと口のなか、舌の上で崩れ肉汁がじんわり、口腔全体で食味を受け止める。とこう来るわけです。ということで、さっそくこの揚げたての熱々をいただきましょう。先ずはそのまま、揚げ衣のサクッとの感触から入る。次いでソース。これは真ふぐの繊細さと、ホワッとした香りを受け止めるには、なんといってもウスターソースに限ります。と、こうなったら合いの手は、キリッと冷えた辛口の白ワインです。

和仁先生は現在、闘病中です。一日も早い、ご快復をお祈りします。